兵庫県政に関心がない人へ─「判断しない自由」を守るために、まず疑問を持つということ
「政治の話は難しい」
「正直、よく分からない」
「忙しくて、それどころじゃない」
兵庫県政について、そう感じている人は決して少数ではありません。
そして、それは責められることではありません。
むしろ、日々の生活を大切にしているからこそ、政治から距離を取っている人も多いはずです。
ですが、今の兵庫県政をめぐる問題は、「政治に関心があるかどうか」とは別の次元で、一度立ち止まって考えてもよい局面に来ているように思います。
目次
「賛成か反対か」を決める必要はありません
まず最初に、はっきりさせておきたいことがあります。
この記事は、
- 知事を辞めさせたい人のための文章ではありません
- 誰かを支持するよう求めるものでもありません
- 「どちらが正しいか」を結論づけるものでもありません
今すぐ判断する必要はありません。
ただ、
「疑問を持つこと」
「説明を聞きたいと思うこと」
それだけで十分です。
なぜ今、「疑問」を持つ意味があるのか
兵庫県政をめぐる一連の問題で、多くの県民が違和感を覚えているのは、「何が事実か」以前に、説明のされ方です。
- なぜ、同じ質問に対して、同じ言葉が繰り返されるのか
- なぜ、解釈の根拠が具体的に示されないのか
- なぜ、「適正・適切・適法」という結論だけが先に示されるのか
これは、政治的な立場の問題というよりも、組織のトップとして自然な姿勢なのかどうか、という問いに近いものです。
自分の職場や家庭に置き換えてみると
少し、身近な例で考えてみてください。
もしあなたの職場で、
- 内部から問題が指摘された
- 第三者が「改善が必要」と言った
- それに対してトップが
「問題はない」「適法だ」とだけ繰り返し
理由を説明しなかった
その組織に、安心して将来を任せられるでしょうか。
あるいは、家庭で子どもにこう言われたらどうでしょう。
「どうしてダメなの?」
「理由は言わないけど、正しいから」
多くの人は、説明のない正しさに納得できないはずです。
問題は「県政が止まっていない」ことではない
知事や支持者はしばしば、「県政は止まっていない」「仕事はしている」と言います。
しかし、県民が違和感を覚えているのは、県政が動いていることそのものではありません。
問題なのは、
- 重要な疑問が出されているにもかかわらず
- その疑問に対する説明が尽くされず
- 県民が是非を判断するための材料も与えられないまま
- 「正当である」という結論だけが先に置かれている
という進め方です。
これは「結果」ではなく「プロセス」の問題
仮に、最終的に知事の判断が正しいとしても、
- なぜそう言えるのか
- どの法律をどう解釈したのか
- 反対意見や第三者の指摘をどう考えたのか
このプロセスの説明が欠けたままでは、県民は納得も判断もできません。
民主主義では、
正しいかどうか
ではなく
正しいと判断できるだけの材料が示されたか
が問われます。
「納得しなくても従え」という構図になっている
今の状態は、県民から見ると、
- 説明はしない
- でも「適法・適切・適正だと理解せよ」と言われる
- 納得できなくても、県政は進む
という構図になっています。
これは、判断主体が県民から切り離されている状態とも言えます。
県民が求めているのは「結論」ではない
多くの県民は、
- 辞任しろと言いたいわけでも
- 直ちに断罪したいわけでもなく
ただ、
「自分が判断するための説明を聞かせてほしい」
それだけなのです。
にもかかわらず、
- 説明は最小限
- 記者や県民の疑問はかわされ
- 同じ表現だけが繰り返される
この状態が続くことで、不信と分断だけが蓄積しているのが現状です。
「怒り」よりも、「違和感」の方が大切です
SNSでは、強い言葉や感情的なやり取りが目立ちます。
しかし、それを見て距離を取っている人も多いでしょう。
実はそれは、とても自然な反応です。
大切なのは、
- 誰かを叩くことではなく
- 正義を振りかざすことでもなく
「何かおかしくないか?」
と静かに問い直すことです。
怒りは一時的ですが、違和感は、考える力を呼び起こします。
県政は「遠い話」ではありません
県のトップがどのような判断をし、どのような説明を行うかは、
- 医療や福祉
- 防災やインフラ
- 教育や子育て支援
- 高齢期の生活
いずれ、私たち一人ひとりの生活に影響します。
今すぐ困らなくても、将来の安心に関わる問題です。
判断するために必要なのは「材料」です
民主主義において、県民が判断するために必要なのは、感情ではなく、材料です。
そしてその材料は、
誰かの解釈ではなく、
知事自身の言葉で示されるべきものです。
- どの法律を
- どう解釈し
- なぜその判断に至ったのか
それを聞いてから、賛成するのか、支持しないのか、あるいは「まだ分からない」と保留するのか。
それでいいはずです。
「関心を持つ」ことは、立場を決めることではない
最後に。
兵庫県政に関心を持つことは、誰かの味方になることではありません。
- デモに参加しなくてもいい
- SNSで発言しなくてもいい
- 結論を急がなくてもいい
ただ、説明を求める権利が、県民にはあるということだけは、忘れないでほしいと思います。
疑問を持つことは、民主主義において、最も穏やかで、最も健全な行為です。
あなたが今、何も決めなくても大丈夫です
でも、「説明を聞きたい」と思ったなら、それはすでに、県政と向き合い始めている証です。






