成果が出ない組織は、なぜ荒れるのか―斎藤知事問題が映し出す「長期戦の副作用」
兵庫県の斎藤知事を巡る問題は、公益通報者保護法、行政の説明責任、民主主義の在り方など、極めて本質的な論点を含んでいる。
多くの県民がそれぞれの立場で声を上げ、行動してきたこと自体は、民主主義社会として健全な現象である。
一方で、最近は斎藤知事に反対する側の一部で、内部的な対立や摩擦が表面化している。
本来は当事者間で整理されるべき問題が、第三者を巻き込みながら拡散し、感情的なバトルに発展している場面も見られる。
本稿では、その是非を裁くことを目的としない。
あくまで、
成果が出ない組織は、なぜ荒れるのか
という構造的な問題を、斎藤知事問題と重ね合わせて整理する。
目次
成果が見えない長期戦が生む「組織疲労」
斎藤知事の問題は、発覚からすでに長い時間が経過している。
第三者委員会、国の関与、法的論点の整理など、表面上は多くの動きがあった。
しかし、多くの人が期待した「目に見える決定的な変化」は起きていない。
この状態は、組織や運動に次のような影響を与える。
- 正論を積み上げているのに現実が動かない
- 努力と成果が結びつかない
- 「これだけやっているのに」という感情が蓄積する
これは個人の資質の問題ではなく、長期戦に共通する心理的負荷である。
怒りの矛先が「敵」から「味方」へ向くとき
成果が出ない状況が続くと、人は無意識のうちに別の出口を探す。
- 誰のやり方が正しいのか
- 誰が一番貢献しているのか
- 誰が問題を起こしているのか
こうした問いは一見すると健全なチェックに見えるが、実際には構造に向けられるべき不満が、個人へ転化している状態でもある。
その結果、本来は同じ問題意識を共有していた人同士が対立し、「敵よりも内部が荒れる」という現象が起きる。
これは市民運動、企業組織、政治団体など、あらゆる分野で繰り返されてきた現実だ。
斎藤知事問題が特に疲労を生みやすい理由
この問題が長期化し、疲労を生みやすい理由は明確である。
- 違法性や不適切性が指摘されても、知事が職に留まり続けている
- 説明責任を果たしているとは言い難い状況が続いている
- 形式上は県庁組織や議会審議が動いてしまっている
つまり、
「問題はある」と多くが認識しているのに、政治的な帰結が出ない
このねじれが、人々の消耗を加速させている。
仲裁もしない、バトルにも参加しないという選択
こうした状況の中で、
- 内部対立を裁く
- どちらが正しいか決める
- 感情的な応酬に加わる
ことは、一見「正義」に見えて、実は問題を解決しない。
実害が出ているのであれば、当事者同士で指摘し、是正すれば足りる。
第三者が「正しさ」を振りかざして参戦すれば、新たな対立を生むだけであり、それ自体が民主主義の劣化につながる。
仲裁しないことは無責任ではない。民主主義を壊さないための距離の取り方でもある。
コントロールできるのは「今ここの自分」だけ
人は、社会問題や組織の不全に直面すると、つい「他人を変えよう」としてしまいます。
- なぜ理解しないのか
- なぜ同じ方向を向かないのか
- なぜ正しい行動を取らないのか
しかし、冷静に考えれば明らかです。
自分がコントロールできるのは、今この瞬間の自分の言動だけであり、
他人を自分の意に沿うように操ることはできません。
これは諦めではなく、現実認識です。
他人を変えようとした瞬間に、疲弊が始まる
成果が出ない組織や運動が荒れる最大の理由は、
「変えられないものを、変えようとし続けること」
にあります。
- 他人の感情
- 他人の正義感
- 他人の承認欲求
- 他人の行動選択
これらは、どれだけ正論を積み上げても、こちらの思惑通りには動きません。
それでも無理に介入すれば、
- 仲裁役として消耗し
- 説明役として消耗し
- 最後には「なぜ分からないのか」と怒りを抱える
という負のループに入ります。
距離を取ることは、逃げではない
他人をコントロールしようとしない、という選択は、
- 無関心でも
- 冷笑でも
- 責任放棄でもありません。
それは、
自分が壊れないための、理性的な距離感
です。
斎藤知事の問題が長期化する中で、感情をすり減らしながら他人を変えようとするよりも、
- 自分は何を言うのか
- 何を言わないのか
- どこに関わり、どこから離れるのか
を自分で決め続けることの方が、はるかに重要です。
こんな時こそ、自分の「強み」に集中する
混乱した状況に直面すると、人はつい、
- 他人の行動を正そうとする
- 組織全体を立て直そうとする
- すべての問題に関わろうとする
しかし、それはほとんどの場合、消耗するだけで終わる。
なぜなら、
自分が確実に影響を与えられる領域は、驚くほど狭い
からだ。
だからこそ重要なのは、
こんな時こそ、自分ができること、
そして自分の強みに集中すること。
民主主義は「操作」ではなく「選択」の積み重ね
民主主義は、誰かが誰かを操って成立するものではありません。
- 説得はできる
- 提案はできる
- 問題提起はできる
しかし最終的にどう判断するかは、常に相手の自由です。
その前提を忘れたとき、正義は簡単に「圧力」へと変わります。
成果が出ない組織は荒れる――だからこそ
「成果が出ない組織は荒れる」これは嘆きではなく、現実を冷静に捉えた言葉である。
だからこそ重要なのは、
- 感情に飲み込まれないこと
- 自分がやるべきことに集中すること
- 手続きを軽視しないこと
短期的な熱狂や内部闘争よりも、時間はかかっても崩れにくい行動を続けることが、最終的には民主主義を守る力になる。
おわりに
この問題は、誰か一人がヒーローになって終わる話ではない。
また、全員が同じ方法で声を上げる必要もない。
内部が荒れるのは、何も変わらない現実に向き合っている証拠でもある。
だからこそ、感情的なバトルから距離を取り、本来の問いを見失わないことが、今もっとも重要なのではないだろうか。






