セクシーアイドルの「いいね」を「意図せず押した」「見てもいない」という説明は成立するのか
この件について、知事は記者から次のような質問を受けている。
選挙ウオッチャーちだいさん
知事の個人アカウントで、セクシーアイドルの「いいね」を押し、その後消しているが、県民の声が届いたのか。
斎藤知事
意図せず押した。見てもいない。知人から教えてもらい、「いいね」を消した。
選挙ウオッチャーちだいさん
県民の声が届いたわけではないのですね。
この一連のやり取りで注目すべき点は、
答弁が極めて整理され、淀みなく行われていることではない。
目次
- 1 問題は「説明の中身」である
- 2 そもそも「見ていない」投稿に、なぜ「いいね」が付くのか
- 3 タイムラインに表示されるということの意味
- 4 SNSのタイムラインは「偶然」では構成されない
- 5 「意図せず」「見てもいない」との説明とのズレ
- 6 タイムライン以外で投稿を見るには、さらに「能動的行動」が必要になる
- 7 SNSで他人の投稿を見る主な経路
- 8 「見てもいない」という説明との関係
- 9 ここで問われているのは「嗜好」ではない
- 10 問題は「操作ミス」ではない
- 11 公職名を名乗るアカウントで起きたという点
- 12 否定しきる説明が、かえって違和感を生む
- 13 公人の説明に求められるのは「納得感」
- 14 アルゴリズムは「関心の痕跡」を映す
- 15 今回の会見説明は「丁寧な説明」よりも「回避」に見えてしまう
- 16 丁寧な説明とは、何だったのか
- 17 なぜ「逃げている」と受け取られてしまうのか
- 18 説明責任とは「否定しきること」ではない
- 19 信頼は説明の積み重ねでしか回復しない
問題は「説明の中身」である
知事の説明を整理すると、次の主張になる。
- セクシーアイドルの投稿は見ていない
- 意図せず「いいね」を押した
- 知人から教えられて初めて知った
- そのため「いいね」を消した
- 県民の声が届いたわけではない
しかし、この説明には、いくつかの疑問が残る。
そもそも「見ていない」投稿に、なぜ「いいね」が付くのか
Instagramにおいて、
- タイムラインに表示されていない投稿
- 視認していない投稿
に対して、「いいね」が付くことは、通常想定されない。
「意図せず押した」という説明を成り立たせるにも、
- 投稿が画面に表示されていた
- 画面に触れる状況にあった
という前提が必要になる。
つまり、
少なくとも、その投稿は
タイムラインに表示されていた
という事実は否定できない。
つまり、斎藤知事はその画面を見ていたと言うことになる。
タイムラインに表示されるということの意味
今回の説明の中で、見過ごせない前提がある。
それは、
問題の投稿が、知事のタイムラインに表示されていた
という点である。
SNSのタイムラインは「偶然」では構成されない
InstagramをはじめとするSNSのタイムラインは、
- フォロー関係
- 過去の閲覧履歴
- 「いいね」や保存などの行動
- 関心ジャンルの類似性
といった要素をもとに、利用者の興味・関心に近い投稿を優先的に表示する仕組みになっている。
つまり、
タイムラインに表示される
=
そのアカウントの行動履歴や関心と
何らかの関連性がある可能性が高い
というのが、一般的な理解だ。
「意図せず」「見てもいない」との説明とのズレ
知事は、
- 「見てもいない」
- 「意図せず押した」
と説明している。
しかし、
- 投稿がタイムラインに表示され
- 画面操作が可能な状態にあり
- 結果として「いいね」が付いている
以上、
完全に無関係なコンテンツが、
偶然表示され、偶然反応した
という説明には、どうしても無理が生じる。
タイムライン以外で投稿を見るには、さらに「能動的行動」が必要になる
今回の説明を検討する上で、もう一つ、極めて重要な前提がある。
それは、
タイムラインに表示される以外に、
セクシーアイドルの投稿を見るためには、
より能動的な操作が必要になる
という点だ。
SNSで他人の投稿を見る主な経路
一般的に、Instagramで特定の投稿を見る経路は限られている。
- タイムラインに表示される
- フォロー関係
- 過去の行動履歴
- 興味・関心に基づくアルゴリズム推薦
- 検索する
- アカウント名を検索
- ハッシュタグを検索
- 関連投稿から遡る
- 外部リンクから飛ぶ
- 誰かにURLを送られる
- 他SNSから誘導される
このうち、②と③は、明確な「見る意思」がなければ発生しない行動である。
「見てもいない」という説明との関係
知事は、
- 「見てもいない」
- 「意図せず押した」
と説明している。
しかし、
- タイムラインに表示されていたのであれば
→ 関心や行動履歴との関連が疑問として残る - タイムライン以外で見たのであれば
→ 検索や遷移という、さらに積極的な行動が必要になる
どちらの場合でも、
完全に無関係な状態で、
偶然目に入り、偶然反応した
という説明は、SNSの一般的な利用実態とは、どうしても噛み合わない。
ここで問われているのは「嗜好」ではない
重要なのは、この指摘が 知事個人の趣味嗜好を責める話ではない という点だ。
誰にでも、
- 興味の幅
- 無意識の関心
- アルゴリズムによる推薦
は存在する。
問題はそこではない。
問題は「操作ミス」ではない
この問題は、
- スマートフォン操作に不慣れだったかどうか
- SNSリテラシーの話
ではない。
問われているのは、
「見ていない」「知らなかった」という説明と、
実際の行動が、どこまで整合しているのか
という一点である。
公職名を名乗るアカウントで起きたという点
今回の問題が重く受け止められているのは、
「兵庫県知事のさいとう元彦です」
と名乗るアカウントで起きた
という一点に尽きる。
- 個人の関心が、アルゴリズムに反映され
- それがタイムラインに現れ
- 公職名義のアカウントで反応が可視化された
この構図が、
「公人としてどうなのか」
という疑問を生んでいる。
否定しきる説明が、かえって違和感を生む
もし、
- 「タイムラインに表示された」
- 「軽率だった」
- 「誤解を招いた」
といった説明があれば、多くの県民はそれ以上追及しなかっただろう。
しかし実際には、
- 見ていない
- 意図していない
- 知らなかった
と、関心そのものを全面否定する説明が繰り返された。
その結果、
「では、なぜ表示されたのか」
「なぜ反応が起きたのか」
という疑問が、逆に膨らんでしまった。
公人の説明に求められるのは「納得感」
行政トップの説明に必要なのは、言い切りや即答ではない。
- 事実関係が自然につながっているか
- 県民が聞いて納得できるか
- 無理な前提を置いていないか
である。
今回の説明は、
- 投稿は見ていない
- しかし「いいね」は付いている
- 炎上は把握していない
- しかし炎上後短時間で「いいね」は消えている
という点で、どうしても説明に違和感が残る。
アルゴリズムは「関心の痕跡」を映す
SNSのタイムラインは、
- 人の内面を断定するものではない
- しかし、行動の痕跡を反映する
という性質を持つ。
だからこそ、
公人が、公職名を掲げたアカウントで、
アルゴリズムに基づく反応を示した場合、
その「見え方」からは逃れられない
という現実がある。
今回の件が問題視されているのは、
偶然や操作ミスの話ではなく、
説明と、SNSの仕組みとの間にあるズレ
に、県民が気づいてしまったからだろう。
今回の会見説明は「丁寧な説明」よりも「回避」に見えてしまう
今回の一連の会見での説明を通じて、多くの県民が感じた違和感は、決して些細なものではない。
それは、
「県民に向き合って説明しようとしている」
という姿勢よりも、
「問題から逃げようとしている」
という印象が強く残った
という点である。
丁寧な説明とは、何だったのか
仮に、県民への説明を最優先するのであれば、
- なぜ不適切と受け取られたのか
- 自分ではどう考えているのか
- 公職名を名乗るアカウント運用について
今後どう改善し、再発防止するのか
といった点を、自らの言葉で整理して伝えることが考えられたはずだ。
しかし、実際の説明は、
- 「意図せず押した」
- 「見ていない」
- 「知人から教えられた」
- 「県民の声ではない」
と、責任の所在や判断主体を曖昧にする表現が重ねられた。
なぜ「逃げている」と受け取られてしまうのか
この説明が、
「逃げているように見える」
と受け取られてしまう理由は、内容そのものよりも構造にある。
- 判断の主体が常に自分以外に置かれている
- 意図や関心を否定する言葉が並ぶ
- 行動の理由が「偶然」「知らなかった」に集約されている
結果として、
「では、知事自身は何を考え、
どう受け止めているのか」
という、最も知りたい部分が見えてこない。
説明責任とは「否定しきること」ではない
説明責任とは、
- すべてを否定すること
- 問題を小さく見せること
ではない。
むしろ、
「不快に感じた人がいるという事実」を
どう受け止めるか
を示すことにある。
今回の会見説明は、その点に正面から触れないまま終わったため、
「県民への丁寧な声明」
よりも
「やり過ごそうとしている説明」
として受け止められてしまったのだろう。
信頼は説明の積み重ねでしか回復しない
この問題は、「いいね」一つの是非に矮小化される話ではない。
公人が、
自ら公職名を掲げた空間で起こした行動に対し、
どれだけ誠実に説明できるか
その積み重ねこそが、県政への信頼を左右する。
今回の会見は、残念ながら、
信頼を回復する説明ではなく、
不信を深めてしまう説明
として受け止められても、仕方のない内容だったと言わざるを得ない。






