「斎藤知事がんばれ」は批判のキーワード以上に減少!

Googleのキーワードプランナーの検索数の時系列のデータです。キーワードプランナーはGoogle広告やSEOを行う時のキーワード選定に使うツールなので、信頼性が求められるデータです。

「斎藤知事 がんばれ」は2024年9月には27,100件検索されていましたが、2025年8月には40件に減少

斎藤知事がんばれ

「斎藤知事 がんばれ」の月間平均検索ボリュームが2,400件なのは、昨年9月が27,100件でその他の月が僅かで、年間で約28,800件だったので、平均が2,400件になっていますが、2025年8月の検索数は40件に減少。

「兵庫 県民 すごい」は0件から10件

兵庫県民すごい

「さいとう知事 がんばれ」は0件

さいとう知事がんばれ

「斎藤知事 がんばれ」は2024年9月には27,100件検索されていましたが、2025年8月には40件。「さいとう知事 がんばれ」は0件なので、(40+10+0)÷(27,100+0+0)=1.85%

斎藤知事ありがとう
さいとう知事は日本の宝
さいとう知事は日本の希望

「斎藤知事 ありがとう」「さいとう知事は日本の宝」「さいとう知事は日本の希望」のような信者の妄想のようなキーワードは全く検索されていません。

「斎藤 元彦 異常」は480件から90件

斎藤元彦異常

兵庫 県民 頭 大丈夫か」は0件から110件

兵庫県民頭大丈夫か

「斎藤 元彦 くず」は1,900件から70件に

斎藤元彦くず

「兵庫県民 なぜ」は0件から50件

兵庫県民なぜ

「兵庫県民 どう思ってる」は320件から20件

兵庫県民 どう思ってる

「兵庫県民 大丈夫か」は0件から50件

兵庫県民大丈夫か

「兵庫県民 ちょろい」は0件から90件

「兵庫県民 犬猫野菜」は0件から20件

兵庫県民犬猫野菜

「兵庫県民 収穫」は0件から10件

兵庫県民収穫

「兵庫 県民 知事 どう 思っ てる」は70件から0件

「兵庫 県民 なぜ 斎藤」は0件から10件

(90+110+70+50+20+50+90+20+10+0+10)÷(480+0+1,900+0+320+0+0+0+0+70+0)=19.26%

昨年9月比で斎藤知事応援キーワードはピーク比1.85%

斎藤信者は斎藤知事を応援している「斎藤知事 がんばれ」が圧倒的に多いと思っているようですが、昨年の9月をピークに急激に減少しています。

斎藤知事の失職当初から11月の知事選投票日までは、斎藤知事を応援する検索はある程度あったようですが、時間の経過と共に、斎藤知事の不正行為や違法行為が明るみに出て来て、さすがに応援出来ないと考える人が「斎藤知事 がんばれ」とは検索しなくなったものと思います。

斎藤批判キーワードはピーク比19.26%

知事選挙が終わって時間の経過と共に、兵庫県問題以外の問題も次々に出て来て、兵庫県問題に対する関心は薄れつつあります。しかし、それでも問題意識を持っている人は一定数いることが分かります。

斎藤知事応援は一時のブーム。斎藤知事批判は社会正義

斎藤知事応援のキーワードの検索数の減少は、斎藤知事の人気が一時的なもので、飽きた人は離れて行っていて、斎藤マダムのような「何が何でも斎藤さん」と言うような特殊な人だけが残っていると考えるのが正しいと思います。

このような熱狂的な支持者のあまりの熱狂に、普通の支持者が興ざめして離れた行った可能性もあります。

一方、斎藤批判をしている人たちは、社会正義や社会の秩序を守りたいと言う強い信念によって反対しているので、斎藤支持者のようなブームのようなものとは根本的に違うので、斎藤信者から攻撃されて、傷ついて一時的に退場しても、傷が癒えれば、また戦場に戻る強さがあります

全体的な関心低下

支持・批判の両方とも検索量は大幅に減少しており、兵庫県問題そのものに対する全国的な関心は確かに薄れてきています。

これは、時間の経過と共に飽きて来たのと、伊東市の田久保市長の問題や、自民党の総裁選挙など、別の関心事が出て来ているためだと思います。

支持者の急減

応援キーワードの減少率が極端に高く、支持の熱量が持続していないことが数字に表れています。短期的な盛り上がりだった可能性が高いです。

斎藤信者は単なるファンであるか、事実誤認によって支持しているか、利権側の人なので、ファンの熱意が冷めれば、ほとんどの人は離れて行きますし、正しく事実を把握出来れば(正しく事実認識出来る能力があるかは疑問もありますが・・・)、利権側以外の人は離れて行きます。

熱烈な斎藤支持者は、事実を捻じ曲げて解釈する層は一定数いますが、そのような事実を捻じ曲げた解釈は、時間と共に化けの皮が剥がれて行きますので、熱烈な支持者以外は時間と共に離れて行くものと思います。

批判層の持続性

批判キーワードは支持に比べてまだ残っており、「行政の正当性」や「説明責任」といった社会の秩序維持に関わる問題意識を持つ人が一定数存在すると解釈できます。

この問題を放置いることは、民主主義の破壊だと考えていて、この問題を放置すると、日本全体の問題と捉えているの、強い危機感を持っている人たちは、時間が経っても、批判を緩めることは絶対にありません。
 → 単なる個人崇拝ではなく「公共的な問題」と捉えているため、長く関心を持ち続ける層が残っていると考えられます。

結論

  • 応援層は一時的な熱狂で、継続性がありません。
  • 批判層は「秩序や説明責任」を重視するため、一定数が今も問題意識を持ち続けています。

つまり、「全国的な関心は薄れつつあるが、社会の健全性を守ろうとする批判層は残っている」という構図で、斎藤支持者は単なるファンが多いので、別の魅力的な対象が現れれば、そちらに移っていく人たちが多いと考えられます。

また、超過激な斎藤信者は、名誉棄損や侮辱などで裁かれて行くので、過激な言動は減っていくかも知れませんが、また新たな過激な信者が出てくる可能性もあります。

ただ、斎藤知事を追い込むためには、世論が斎藤知事に辞任を求めるようにならないと、議会も不信任決議が出来ません。

選挙となった場合には、斎藤信者も1票、無関心な人も1票なので、出来るだけ無関心な人に斎藤知事の問題を知ってもらうことが重要です。もちろん、斎藤信者が大きな声を挙げられないようにすることも続けていかないといけません。