斎藤知事が居座り続けると、兵庫県はどんな県になるのか―これは政治の話ではなく、私たちの未来の切実な話です
目次
- 1 多くの県民が知りたいのは「過去の細部」ではない
- 2 「違法と認定されても、責任を取らない県」になるということ
- 3 一般県民との「決定的な不公平」
- 4 「公益通報すると命の危険がある県」にならないか
- 5 これは政治の話ではありません
- 6 無関心でいられる問題ではない
- 7 「前例」が作られるということの本当の意味
- 8 前例は「個人」ではなく「制度」を壊す
- 9 兵庫県民は、この前例を受け入れるのか
- 10 「選ばれない県」になるリスク
- 11 人口減少社会では「イメージ」が致命傷になる
- 12 都市部以外から、静かに崩れていく
- 13 経済・防災・福祉にも連鎖する
- 14 新卒者が兵庫県内企業を就職先として避ける流れは起こり得ます
- 15 なぜ「県のイメージ」が就職先選択に影響するのか
- 16 企業がどれだけ努力しても「県全体の評価」が足を引っ張る
- 17 影響はまず「優秀層」から出る
- 18 これは企業だけの問題ではない
- 19 県の価値は「制度への信頼」で決まる
- 20 今、声を上げなければならない理由
- 21 兵庫県民はいま、「前例」を選ばされている
多くの県民が知りたいのは「過去の細部」ではない
兵庫県政を巡る一連の問題について、元県民局長の公用PCの中身や、第三者委員会の委員長の人脈関係など、細かな論点がSNS上で繰り返し議論されています。
しかし、県政に強い関心を持たない多くの有権者にとって、それらは投票判断の決め手にはなりません。
多くの県民が本当に知りたいのは、ただ一つです。
斎藤知事がこのまま知事の座に居座り続けたとき、
兵庫県はどんな県になるのか
これは思想や支持政党の問題ではありません。
未来の県の姿の問題です。
「違法と認定されても、責任を取らない県」になるということ
第三者委員会は、県の対応について違法性を認定しました。
それにもかかわらず、知事は責任を取らず、
- 「真摯に受け止める」
- 「適切・適法だった」
- 「最終的には司法の判断」
という言葉を繰り返しています。
ここで重要なのは、裁判で有罪か無罪かという話ではありません。
問題は、
違法と認定されても、
権力者が自ら説明責任を果たさず、
その地位に居座り続けられる前例が作られていること
です。
一般県民との「決定的な不公平」
私たちが働く会社や役所ではどうでしょうか。
- 一般社員が不適切な行為をすれば
→ 懲戒処分、降格、解雇 - 公務員が規律違反をすれば
→ 速やかに処分
ところが、
- 知事という権力者は
→ 「襟を正す」で終わる
→ 処分なし
→ 説明も限定的
責任の重さが完全に逆転しています。
この状態が常態化した県は、決して健全な組織とは言えません。
「公益通報すると命の危険がある県」にならないか
さらに深刻なのは、公益通報を巡る問題です。
本来、公益通報制度は組織の不正を是正し、県民の利益を守るための制度です。
しかし今回の事案では、
- 通報者探索が行われ
- 通報内容よりも
- 通報者の人格・私生活が問題視され
- 通報者が貶められ
- 最終的に命を落とすという結果に至りました
ここで問われるべきは、
「通報者が完璧な人格でなければ、
守られない県で良いのか」
という点です。
もしこの前例が許されれば、
- 不正を見ても黙る
- 声を上げた人が一番危険
- 組織は内部から腐っていく
そんな県になってしまいます。
これは政治の話ではありません
この問題は、
- 反斎藤か
- 親斎藤か
という政治対立の話ではありません。
兵庫県が
「声を上げた人が潰される県」になるのか、
「不正を正せる県」であり続けるのか
その分かれ道に立っている、という話です。
無関心でいられる問題ではない
今は関係ないと思っていても、
- あなたが
- あなたの家族が
- あなたの職場の誰かが
将来、公益通報をする立場になるかもしれません。
その時、
- 守られない県
- 権力者が責任を取らない県
で本当に良いのでしょうか。
「前例」が作られるということの本当の意味
「違法と認定されても、権力者が自ら説明責任を果たさず、その地位に居座り続けられる前例が作られていること」は、
単に斎藤知事一人の問題ではありません。
これは、
今後の兵庫県政全体に適用される“前例”が作られている
という点で、極めて重大です。
一度この前例が成立してしまえば、将来、兵庫県の知事や市町の長が、
- 第三者委員会から違法と認定されても
- 「司法の判断が出ていない」と言い
- 「襟を正す」と述べるだけで
- 何の責任も取らずに居座り続ける
という行為をしても、
「過去に認められた前例がある」
として、県民も議会も、否定しにくくなります。
前例は「個人」ではなく「制度」を壊す
行政や法の世界では、前例は単なる参考事例ではありません。
- 前例が積み重なれば
- それが事実上の運用基準となり
- 制度そのものが形骸化します
つまり、
違法認定されても責任を取らない
という前例は、
「責任を取らなくてよい制度」を作ってしまう
ということです。
それは、
「今回は特別」
「この人だけは例外」
では済まされません。
兵庫県民は、この前例を受け入れるのか
問われているのは、斎藤知事を支持するか否かではありません。
兵庫県民は、
違法と認定されても、
権力者が何の責任も取らずに居座り続ける県を
是認するのか
という一点です。
もしこれを認めてしまえば、
- 将来の知事も
- 将来の市長・町長も
- 同じ行為を繰り返すことが可能になります
その時、
「前例があるから仕方がない」
と言われたとして、県民はそれを拒否できるでしょうか。
「選ばれない県」になるリスク
もし兵庫県が、
- 違法と認定されても責任を取らない権力者が居座り続ける
- 公益通報をした人が守られない
- 組織の不正よりも「声を上げた人」が攻撃される
そうした県として認知されてしまった場合、その影響は政治の世界だけにとどまりません。
兵庫県は全国から「移住したくない県」と見なされるリスクを抱えることになります。
人口減少社会では「イメージ」が致命傷になる
日本はすでに本格的な人口減少局面に入っています。
この中で自治体が生き残るためには、
- 仕事があるか
- 子育て環境が整っているか
- 医療・福祉があるか
と同時に、
「安心して暮らせる社会か」
「理不尽な目に遭わないか」
という無形の評価が極めて重要になります。
違法行為が問題視されても是正されず、声を上げた人が排除される県に、あえて移住したいと考える人は多くありません。
都市部以外から、静かに崩れていく
その影響は、まず都市部以外に現れます。
- 若い世代が来ない
- 新しい事業者が定着しない
- 移住者・Uターンが減る
結果として、
- 人口減少が全国平均以上のスピードで進み
- 空き家が増え
- 地域コミュニティが維持できなくなる
これは「一部の地域の問題」ではなく、兵庫県全体の構造的な衰退につながります。
経済・防災・福祉にも連鎖する
コミュニティが崩れれば、
- 見守りができない
- 災害時の助け合いが機能しない
- 高齢者の孤立が進む
つまり、
県政の姿勢が、
地域の安全保障そのものを弱体化させる
ということです。
新卒者が兵庫県内企業を就職先として避ける流れは起こり得ます
特に影響を受けやすいのは、
- 首都圏・他府県からの就職希望者
- 大学進学を機に県外に出た兵庫県出身者
- コンプライアンス・ガバナンス意識の高い学生
です。
なぜ「県のイメージ」が就職先選択に影響するのか
近年の新卒採用では、学生は企業を見るとき、
- 給与
- 知名度
- 仕事内容
と同時に、
「この会社・この地域は、
問題が起きたときに個人を守ってくれるか」
を強く意識しています。
特にZ世代は、
- 内部通報制度
- ハラスメント対応
- 組織の透明性
に非常に敏感です。
そのため、
行政トップが違法と認定されても責任を取らない県
という印象は、
- 「この県の企業文化も同じではないか」
- 「不正を訴えたら不利になるのではないか」
という連想を生みやすくなります。
企業がどれだけ努力しても「県全体の評価」が足を引っ張る
ここが非常に重要な点です。
仮に、
- 県内企業が
- コンプライアンス体制を整え
- 内部通報制度を強化し
- クリーンな経営をしていた
としても、
県全体が
「違法でも責任を問われない」
「声を上げる人が守られない」
というイメージを持たれてしまうと、
企業単独の努力では覆しにくい
という現実があります。
就活生は、そこまで細かく調べません。
- 「兵庫県って今ああいう感じだよね」
- 「ちょっと怖いよね」
この一言で、選択肢から外されることがあります。
影響はまず「優秀層」から出る
この種のイメージ低下が最初に影響するのは、
- 情報感度が高い
- 選択肢が多い
- 他県でも就職できる
**いわゆる「逃げられる層」**です。
結果として、
- 優秀な新卒が県外へ流出
- 地元企業は人材確保が難しくなる
- 組織の若返りが進まない
という悪循環が生まれます。
これは企業だけの問題ではない
人材流出が続けば、
- 地域経済の停滞
- 税収の減少
- 地域の担い手不足
につながります。
つまり、
県政のコンプライアンス姿勢が、
県内企業の採用力と将来競争力を直接左右する
ということです。
県の価値は「制度への信頼」で決まる
人口減少社会において、自治体が選ばれるかどうかは、
- 補助金の多さ
- 派手な開発
ではありません。
「この県なら、理不尽なことが起きても守られる」
という制度への信頼
です。
その信頼を失った県は、静かに、しかし確実に、人が離れていきます。
今、声を上げなければならない理由
この問題が深刻なのは、今、声を上げなければ、二度と止められなくなる点にあります。
- 違法認定
- 説明責任なし
- 処分なし
- 居座り継続
この流れが一度「許された前例」になれば、兵庫県の行政は、責任を取らない権力者が再生産される構造になります。
兵庫県民はいま、「前例」を選ばされている
この問題は、斎藤知事という一人の政治家をどう評価するか、という話ではありません。
兵庫県でこれから先、
権力を持つ者がどのように責任を取る県にするのか
その「前例」を、県民が選ばされている問題です。
第三者委員会から違法と認定されても、
- 自ら十分な説明責任を果たさず
- 何の処分も受けず
- その地位に居座り続ける
こうした行為が事実上認められれば、それは必ず次の前例になります。
将来、知事や市町の長が同じことをしても、
「過去に前例がある」
という一言で、県民は受け入れざるを得なくなるでしょう。
前例とは、個人の問題ではありません。
制度を形作り、組織の文化を決定づけるものです。
この前例を許せば、兵庫県は、
- 違法と認定されても責任を取らない
- 声を上げた人が守られない
- 権力者だけが例外になる
そんな県になっていきます。
それでもなお、「仕方がない」「もう終わった話だ」と言えるでしょうか。
これは政治に詳しい人だけの問題ではありません。
あなたが、あなたの家族が、正しいことを言ったときに守られる県であり続けるのかその根本が問われています。
兵庫県を、「前例によって責任が消える県」にするのか。
それとも、「立場に関係なく、違法には説明と責任を求める県」にするのか。
その答えを決めるのは、知事でも、委員会でもありません。
兵庫県民一人ひとりです。





