外部通報に「証拠」は必須なのか?公益通報者保護法が定める“真実相当性”の本当の意味

外部通報に「証拠」は必要かは、この点は「公益通報者保護法」の誤解されやすいポイントの一つです。

「証拠がなければ保護されない」は誤解です

「外部通報には証拠も添付した真実相当性が求められる」――
SNSなどでよく見かけるこの主張は、公益通報者保護法の趣旨を誤解したものです。

確かに、外部通報(いわゆる「3号通報」)には
「信ずるに足りる相当の理由(真実相当性)」が要件として定められています。

しかし、これは「証拠を提出しなければならない」ことを意味するものではありません。
公益通報者保護法の建付けを確認すると、この誤解が解けます。

公益通報者保護法における3つの通報区分

公益通報者保護法(令和4年改正)では、通報先によって以下の3つに区分されています。

区分通報先要件(簡略)
1号通報事業者内部不正の目的でないこと
2号通報行政機関など不正の目的でないこと+信ずるに足りる相当の理由
3号通報(外部通報)マスコミ、国会議員、報道機関など不正の目的でないこと+一定の事由+信ずるに足りる相当の理由

つまり、3号通報にも「真実相当性(信ずるに足りる相当の理由)」が求められますが、
それは「証拠を添付すること」と同義ではありません。

「信ずるに足りる相当の理由」とは何か

この言葉は、刑法や民法でも使われる「真実相当性」という法概念と似ていますが、
公益通報者保護法では、より柔軟に解釈されています。

通報者が通報対象事実を真実であると信じるについて合理的な理由がある場合には、
実際に真実でなかったとしても保護の対象となる。
(内閣府「公益通報者保護法に基づく指針」より)

つまり、「見た」「聞いた」「確認した」といった状況的根拠があれば十分です。
証拠の提出や添付は義務ではなく任意です。

なぜ証拠提出が要件とされていないのか

公益通報者保護制度は、通報者が内部不正を恐れずに報告できるようにするための制度です。
もし「証拠の提出」を必須とすれば、
内部告発はほとんど不可能になります。

たとえば:

  • 文書をコピーするだけで守秘義務違反に問われる可能性がある
  • 証拠を確保できない立場の職員は通報できなくなる

こうした現実を踏まえ、法は「合理的にそう信じたか」を基準にしています。

公益通報と守秘義務違反の関係

公益通報者保護法は、「公益通報者を守る法律」である一方で、
他の法律(守秘義務や業務上の秘密保持義務)とのバランスにも配慮して設計されています。

なぜ証拠添付が要件とされていないのか

証拠を添付する行為が、守秘義務違反にあたるおそれがあるからです。

たとえば、内部文書や顧客情報、契約書、職務上知り得た秘密などを持ち出す行為は、
会社法、国家公務員法、地方公務員法、個人情報保護法などに違反する可能性があります。

公益通報者保護法は「通報行為」を保護する法律であって、証拠の取得を正当化する法律ではありません。

つまり、通報の動機や目的に公益性があっても、
その過程で守秘義務違反という別の違法行為を行えば、
その部分では保護されないおそれがあります。

行政の指針でも明記されています

内閣府「公益通報者保護法に基づく指針(令和4年版)」では次のように述べています:

公益通報の際に、業務上知り得た秘密や個人情報を不必要に開示することのないよう留意すること。
必要最小限の情報であっても、通報の目的に照らして合理的に必要な範囲に限るべきである。

つまり――
証拠の添付が要件化されていないのは、通報者が守秘義務違反のリスクを負わずに公益通報できるようにするためです。

例で考える

たとえば、県職員が内部で見た不適切な文書をもとに通報する場合:

  • 文書の内容を「見た」ことや「聞いた」ことをもとに通報するのはOK(保護対象)。
  • その文書を無断でコピーして報道機関に渡すと、職務上の秘密漏えいで懲戒の対象になり得ます。

だからこそ、法は「合理的に信じるに足りる理由(真実相当性)」を要件とし、
証拠提出を義務付けない構造にしているのです。

「不正の目的でないこと」も全通報に共通する要件

公益通報のすべてに共通する前提条件として、
通報の目的が「不正の利益を得る」「他人を害する」などの不正の目的でないことが必要です。

逆に言えば――
不正の目的でない限り、合理的な根拠(真実相当性)があれば保護されるのです。

まとめ:斎藤知事問題でも問われる「通報者保護」への理解

兵庫県の斎藤元彦知事の文書問題をめぐって、
「証拠を出さない告発は保護されない」との誤った見解が一部にあります。

しかし、法制度上は明確です。
外部通報であっても、通報者が合理的根拠に基づいて公益目的で行ったならば保護される

公益通報者を守ることは、行政の信頼を守ることでもあります。
制度の本旨を正しく理解し、通報者を不当に責める風潮を止めることが、
公正な県政への第一歩です。

参考:内閣府指針(令和4年改正版)

「通報者が通報対象事実を真実であると信じるについて相当の理由がある場合には、
実際に当該事実が真実でなかったとしても、当該通報は保護の対象となる。」
(内閣府「公益通報者保護法に基づく指針」第3章)


この記事のまとめ

通報者保護の理解が行政信頼の基盤となる

外部通報に「証拠添付義務」はない

「信ずるに足りる相当の理由」とは合理的な根拠

不正の目的でなければ保護対象