百条委員会が「説明責任」を求めた以上、県民対話集会は不可欠である

百条委員会が示したのは「評価」ではなく「結論」

兵庫県議会の百条委員会は、告発文書問題をめぐる調査の結果として、単なる意見表明ではなく、明確な結論を示しました。

具体的には、

  • パワハラ行為を認定
  • 公益通報者保護法違反の可能性を認定
  • 告発文書について
    「事実無根」「うそ八百」とした知事の評価は不適切であり、
    文書には一定の事実が含まれていたと指摘
  • 初動対応や処分過程について
    客観性・公平性を欠き、大きな問題があったと断定
  • そのうえで
    知事に対し、県民への説明責任を果たすよう求める
    という結論を示しています。

これは、
「説明したほうがよい」という助言ではなく、説明責任が果たされていないという事実認定です。

https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10014739571000(2025年3月4日 NHK)

現状は「説明責任が果たされている」とは言えない

では、その百条委員会の結論を受けて、県民は十分な説明を受けていると言えるでしょうか。

現実には、

  • 定例記者会見では「適切・適法・適正」という定型表現の繰り返し
  • 百条委員会が指摘した
    「どの点が不適切だったのか」
    「なぜ事実認定が誤っていたのか」
    「判断の根拠となった法解釈は何だったのか」
    について、具体的な説明は行われていない
  • 県民が直接質問し、知事本人の言葉で説明を聞く場は一切設けられていない

この状態をもって「県民への説明責任を果たしている」と評価するのは困難です。

「適切・適法・適正」の反復は、説明責任を果たしたことにはならない

百条委員会は、告発文書をめぐる一連の対応について、単に結果の是非を問うたのではなく、判断過程そのものに問題があったと指摘しました。

それにもかかわらず、知事が繰り返しているのは「適切・適法・適正だった」という定型表現です。

しかし、これは百条委員会が求めた「説明責任」への回答とは言えません。

説明責任とは、

  • 結論を述べることではなく、
  • なぜその結論に至ったのか
  • どの事実を、どう評価したのか
  • どの法解釈を根拠にしたのか

を具体的に示し、県民が理解・判断できる状態をつくることです。

百条委員会は、
「事実無根」「うそ八百」と断じた知事の評価が妥当でなかったこと、初動対応や処分過程が客観性・公平性を欠いていたことを指摘しています。

この指摘に対し、同じ結論を繰り返すだけで、指摘された論点一つひとつに向き合わない姿勢は、百条委員会の結論そのものに応答していないと言わざるを得ません。

県議会に対しても、県民に対しても不誠実な状態

百条委員会は、県議会が正式な権限に基づいて設置し、時間と労力をかけて調査・検証を行った結果です。

その結論に対して、

  • 指摘された事実認定や判断過程を説明せず
  • 「適法だった」という自己評価だけを繰り返す

のであれば、それは実質的に県議会の結論を軽視している状態になります。

また県民にとっても、

  • 何が事実で
  • どこに問題があり
  • どの判断が誤りだったのか

が示されなければ、県民は評価も判断もできません。

「適切・適法・適正」という言葉は、説明の代替にはならず、むしろ説明を避けるための言葉として機能してしまっているのが現状です。

この状態をもって「県民への説明責任を果たしている」と評価することは困難です。

百条委員会が「その後に説明を求めていない」ように見える理由

百条委員会が、知事に対して「県民への説明責任を果たすべきだ」と明確に結論づけたにもかかわらず、その後、繰り返し「説明せよ」と発信していないことに、違和感を覚える県民は少なくありません。

しかし、これは百条委員会が問題意識を失ったからでも、知事の対応を容認したからでもありません。
制度上の役割分担によるものです。

百条委員会の役割は「調査と結論」まで

兵庫県議会百条委員会の役割は、

  • 事実関係を調査する
  • 関係者から証言・資料を得る
  • 問題の有無を認定する
  • 議会としての評価・結論を示す

ここまでです。

今回の百条委員会は、

  • パワハラを認定
  • 公益通報者保護法違反の可能性を指摘
  • 告発文書を「事実無根」「うそ八百」とした知事の評価は不適切であり、
    文書には一定の事実が含まれていたと明記
  • 初動対応や処分過程について、
    客観性・公平性を欠いていたと断定
  • そのうえで、
    知事は県民への説明責任を果たすべきだ

という、極めて踏み込んだ結論を出しています。

この結論を出した時点で、百条委員会としての調査機能は完了しています。

百条委員会には「説明を命じ続ける権限」はない

重要なのは、百条委員会や県議会は、

  • 行政を指揮・命令する機関ではない
  • 執行権を持たない

という点です。

そのため、

  • いつまでに説明せよ
  • どの形式で説明せよ
  • 説明しなければ処分する

といった直接的な命令を出すことはできません。

百条委員会ができるのは、

「問題があった」
「説明責任がある」

評価し、議会の意思として示すことまでなのです。

結論後に動くべき主体は「県議会」

百条委員会の結論が出た後、次に動くべき主体は明確です。

👉 県議会(本会議・各会派・各議員)

具体的には、

  • 本会議での代表質問・一般質問
  • 決議や意見書
  • 予算・人事を通じた政治的対応
  • 県民への説明の場を設けるよう求める要請

こうした形で、

百条委員会の結論を、どう履行させるのか

を知事に突きつけるのが、県議会本体の役割になります。

百条委員会が沈黙しているように見えるのは、責任のバトンが、すでに県議会に渡っているからです。

それでも「説明を求める声」が弱く見える理由

制度上の役割とは別に、現実の政治としては、

  • 知事が「すでに説明している」と主張していること
  • 会派間で、次の一手について温度差があること
  • 「説明の場を設けよ」と言えば、議会側にも実務的責任が生じること

などが重なり、
県議会としての明確な行動が見えにくくなっています。

しかし、それは
百条委員会の結論が実行済みであることを意味しません。

説明責任を果たすために、次に必要なこと

百条委員会が「県民への説明責任」を求めた以上、形式的な会見や定型的な答弁だけでは不十分です。

  • 県民が直接疑問を投げかけ
  • 知事が自らの言葉で説明し
  • 県民が納得するかどうかを判断できる

そうした場を設けることが、百条委員会の結論を実際に履行するための、最も誠実で合理的な対応だと言えるでしょう。

説明責任とは、「説明したと主張すること」ではなく、説明を受けた側が理解し、判断できる状態を整えることなのです。

問われているのは、結論を「どう履行するのか」

百条委員会はすでに、

  • 問題があった
  • 説明責任がある

と明確に結論づけました。

今、問われているのは賛否ではありません。

その結論を、現実の県政の中でどう履行するのか。

その具体策として、

  • 県民が直接質問でき
  • 知事が自らの言葉で説明し
  • 県民が判断できる

場を設けることを求めるのは、百条委員会の結論を尊重する、極めて正当な要請です。

説明責任を果たすかどうかは、もはや百条委員会ではなく、知事と、それを監視する県議会自身が問われている段階に入っています。

「県民対話集会」は最も合理的な説明手段である

百条委員会が求めているのは、記者や議会向けの形式的な説明ではありません。

県民に対する説明責任です。

であれば、

  • 県民が直接質問できる
  • 知事が自らの言葉で回答する
  • その様子を県民が自分の目で確認し、判断できる

こうした場を設けることは、極めて合理的で、民主主義の基本に沿った対応です。

県民対話集会は、

  • 知事を糾弾する場でも
  • デモや抗議活動でも
  • 特定の立場を押し付ける政治集会でもありません

**「説明責任を果たすための手段」**に過ぎません。

県民対話集会を拒む理由は存在しない

百条委員会が公式に「説明責任を果たすべきだ」と結論づけた以上、

  • 説明の場を設けることに反対する
  • あるいは開催に消極的である

という態度は、百条委員会の結論そのものを空文化させる行為になります。

もし、県議会や知事が県民対話集会を拒むのであれば、

  • なぜ説明の場が不要なのか
  • なぜ県民が直接聞く機会を設けないのか
  • 百条委員会の結論を、どのように実行するつもりなのか

という、極めて当然の疑問が生じます。

問われているのは「賛否」ではなく「履行」

この問題は、

  • 知事を支持するか
  • 反対するか

という二元論ではありません。

すでに県議会自身が、

  • 問題があった
  • 説明責任がある

と結論づけています。

今、問われているのはただ一つです。

百条委員会の結論を、実際にどう履行するのか。

その具体策として、県民対話集会の開催を求めることは、極めて自然で、正当な要望です。

県民が判断できる環境を整えることこそ、県政の責務

説明責任とは、「説明したと主張すること」ではありません。

  • 県民が理解できる形で
  • 疑問に正面から答え
  • そのうえで県民が判断できる状態をつくる

そこまで含めて、初めて果たされたと言えます。

百条委員会の結論を尊重するのであれば、県民対話集会の開催は避けて通れません。

これは対立を煽る行為ではなく、県政を正常な民主主義の軌道に戻すための、最小限のステップなのです。