「県としての見解」とは何だったのか―公益通報者保護法の解釈をめぐる兵庫県の意思決定不在という問題
目次
- 1 はじめに
- 2 情報公開請求の内容
- 3 開示結果 ――「文書を作成していない」
- 4 「県としての見解」が存在しないという事実
- 5 行政における「見解」とは何か
- 6 「専門家がいる」という説明の空洞化
- 7 問題の本質 ――個人の見解が「県の見解」に置き換えられた可能性
- 8 「適正・適切・適法」という説明との関係
- 9 「怪文書」を証明する公文書は存在しない
- 10 情報公開請求で明らかになった事実
- 11 県の回答 ――「文書は作成していない」
- 12 「怪文書」という評価の根拠は存在しない
- 13 公益通報者保護法との関係
- 14 「嘘八百」「公務員失格」という発言の問題性
- 15 撤回と謝罪が求められる理由
- 16 百条委員会・第三者委員会報告後、兵庫県は何を再検証したのか
- 17 情報公開請求の内容
- 18 県の決定 ――「非公開」
- 19 「非公開」と「不存在」の決定的な違い
- 20 これまでに明らかになっている一貫した事実
- 21 問題の本質 ――「検証しない行政」の構造
- 22 県民に求められているのは「結論」ではなく「過程」
- 23 文書が存在しない県政―兵庫県の行政運営は、どこで劣化したのか
- 24 「不存在」が示すもの ――県として意思決定していないという事実
- 25 知事の発言と、組織としての判断の乖離
- 26 県職員が置かれている「板挟み」の構図
- 27 「再調査・再検証」を説明できないという異常性
- 28 行政運営の劣化は、制度ではなく「姿勢」の問題である
- 29 これは「個人批判」ではなく「統治能力」の問題である
- 30 おわりに ――県政の信頼は、文書からしか生まれない
はじめに
兵庫県の斎藤元彦知事は、公益通報者保護法の解釈をめぐり、2025年3月26日の知事記者会見において、
「対象は3号(外部)通報も含まれるという考え方がある一方、内部通報に限定されるという考え方もある」
と述べた。
さらに同年12月23日の記者会見では、この発言内容について、
「県としての見解でございます」
と明言している。
しかし、この「県としての見解」は、どのような手続を経て形成されたものなのか。
その点を確認するため、情報公開請求が行われた。

https://ameblo.jp/tsujitatsu95/entry-12954072851.html
情報公開請求の内容
請求は、大きく次の2点に分かれる。
① 「県としての見解」に関する意思決定の有無
- 県として意思決定したことがわかる文書
- 内部で協議したことがわかる文書
- その他これらに類する文書
② 「専門家の見解」に関する確認・協議の有無
知事は2025年5月8日の会見で、
- 「百条委員会の意見の中でも提示されている」
- 「徳永弁護士をその一人と認める」
- 「他にも指摘している専門家はいる」
と発言している。
これについて、
- 知事のいう「専門家」が誰かを確認したことがわかる文書
- それについて知事と協議したことがわかる文書
が請求対象とされた。
開示結果 ――「文書を作成していない」
県の判断は非公開であり、その理由は次のとおりである。
「公文書を作成していないため、保有していない」
(情報公開条例第6条・第9条該当/公文書不存在)
重要なのは、この非公開理由が「黒塗り」や「秘密指定」ではなく、そもそも文書が存在しないという点である。
「県としての見解」が存在しないという事実
ここで明らかになった事実は極めて重い。
- 「県としての見解」と公式に説明された法解釈について
- 県内部での検討文書
- 協議記録
- 決裁文書
が 一切存在しない ことを、県自身が認めたのである。
これは、行政組織としての意思決定過程が存在しないことを意味する。
行政における「見解」とは何か
通常、行政が「県としての見解」を示す場合、
- 関係部局による検討
- 法解釈の整理
- 少なくとも内部での協議記録
が存在するのが当然である。
特に公益通報者保護法のように、
- 通報者探索の適否
- 懲戒処分の正当性
- 組織責任の有無
に直結する法解釈であれば、なおさら慎重な検討と記録が求められる。
しかし今回、それらは何一つ存在しなかった。
「専門家がいる」という説明の空洞化
知事は、
- 百条委員会で示されている
- 徳永弁護士がその一人
- 他にも専門家がいる
と述べた。
しかし、
- 誰を専門家と認識していたのか
- その意見を県としてどう評価したのか
- それを知事にどう伝えたのか
を示す文書も 存在しない。
つまり、
「専門家がいる」という説明は、
行政として確認・整理されたものではなかった
ということになる。
問題の本質 ――個人の見解が「県の見解」に置き換えられた可能性
今回の開示結果が示すのは、
- 行政としての法解釈の確定プロセスが存在せず
- 文書化もされず
- にもかかわらず
- 「県としての見解」として外部に発信された
という構図である。
これは、
知事個人の認識・発言が、
行政組織の公式見解として扱われていた可能性
を強く示唆する。
「適正・適切・適法」という説明との関係
斎藤知事は一貫して、県の対応を
「適正・適切・適法」
と説明してきた。
しかし、
- その前提となる法解釈が
- 組織決定でもなく
- 検討記録もなく
- 専門家意見の整理もない
状態であったとすれば、
その「適法性」は、どこで、誰が、どのように判断したのかという根本的疑問が残る。
「怪文書」を証明する公文書は存在しない
斎藤元彦兵庫県知事は、2024年3月27日の記者会見において、内部告発文書について
- 「嘘八百」
- 「公務員失格」
- 「不正の目的で作成された文書」
と、極めて強い言葉で断定した。
その発言は、その後も斎藤知事支持者の間で
「怪文書だった」
「公益通報に当たらない」
という主張の根拠として繰り返し用いられている。
しかし、兵庫県自身が行った情報公開の結果は、これらの主張を根底から否定するものだった。
情報公開請求で明らかになった事実
兵庫県に対し、次の点について情報公開請求が行われた。
- 当該文書が
- 不正の目的を持つ文書であること
- 公益通報に該当しない文書であること
- それを証明する資料
- 企業名・職員名が実在することを立証する資料
要するに、「怪文書」と断定できる根拠となる公文書の有無が問われたのである。
県の回答 ――「文書は作成していない」
兵庫県の決定は、非公開。
その理由は明確である。
「公文書を作成していないため、保有していない」
つまり県は、
- 不正の目的を立証する資料
- 「公益通報ではない」と判断した根拠資料
を一切持っていないことを、自ら認めた。
「怪文書」という評価の根拠は存在しない
この結果が意味するのは、極めて単純かつ重大な事実である。
兵庫県は、
当該文書が「怪文書」であることを
立証できる資料を何一つ持っていない
にもかかわらず、
- 知事は公の場で
- 強い断定表現を用い
- 通報者の人格を否定する発言を行った
ということである。
公益通報者保護法との関係
公益通報者保護法では、
- 通報内容の真偽
- 通報者の動機
を理由に、通報者を不利益に取り扱うことを厳しく制限している。
特に重要なのは、
「不正の目的があった」ことは、
事業者(行政側)が立証すべき事項
である点だ。
今回、兵庫県はその「立証資料が存在しない」ことを公文書で認めた。
この時点で、
- 通報を「公益通報でない」と扱う根拠は失われ
- 通報者探索
- 懲戒処分
はいずれも、公益通報者保護法の趣旨に反する疑いが極めて強い。
「嘘八百」「公務員失格」という発言の問題性
知事の3月27日の記者会見は、
- 行政トップによる
- 公式の場での
- 一方的な断定
だった。
しかしその後、県は
- 不正目的を裏付ける資料を作成しておらず
- 客観的な立証もしていない
ことが明らかになった。
これは、
事実認定の根拠を欠いたまま、
個人の信用と名誉を著しく損なう発言が行われた
ことを意味する。
撤回と謝罪が求められる理由
の状況でなお、
- 「怪文書だった」
- 「対応は適法だった」
と主張し続けることは、
- 行政の説明責任
- 法治主義
- 公益通報制度の信頼
をさらに損なうだけである。
少なくとも、
- 「嘘八百」
- 「公務員失格」
- 「不正の目的」
という断定的表現については、
立証資料が存在しない以上、
撤回し、謝罪するのが行政として当然の対応
ではないだろうか。
百条委員会・第三者委員会報告後、兵庫県は何を再検証したのか
兵庫県の文書問題をめぐっては、県議会百条委員会および第三者委員会において、
- 県の対応に違法性または違法の可能性が指摘・認定された。
本来であれば、この指摘を受けて、県は
- 事実関係の再確認
- 法的評価の再検証
- 組織対応の再検討
を行い、その結果を県民に説明する責務を負う。
しかし、情報公開請求によって明らかになったのは、その前提となる「再検証を行った事実」自体が、極めて不透明であるという現実だった。
情報公開請求の内容
請求は、次の点を明確に問うものである。
- 百条委員会および第三者委員会の報告を受けて
- 兵庫県が
- 再調査
- 再検証
- 再検討
を行った事実があるかどうか
- それに関する一切の文書
(決定文書、検討資料、議事録、メール等)
つまり、
「違法性の指摘を受けて、県は自らの対応を検証したのか」
という、行政として極めて基本的な問いである。

https://note.com/citizen000hyogo/n/ne21bfd4c3655
県の決定 ――「非公開」
県の判断は非公開であり、理由は次の2点とされた。
① 情報公開条例第6条第5号
県の機関内部における検討又は協議に関する情報であり、
公にすることにより、率直な意見交換や意思決定の中立性が
不当に損なわれるおそれがあるため。
② 情報公開条例第6条第6号
人事管理に係る事務(懲戒処分の実施検討)に関し、
公正かつ円滑な懲戒処分手続の遂行に支障を及ぼすおそれがあるため。
一見すると、形式的には「検討が存在する」ようにも読める。
しかし、ここで重要なのは、
「再調査・再検証を行ったかどうか」という事実認定そのものが、明示されていないという点である。
「非公開」と「不存在」の決定的な違い
これまでの情報公開請求では、県は繰り返し、
- 「文書を作成していない」
- 「保有していない」
としてきた。
一方、今回の決定では「不存在」ではなく「非公開」とされた。
しかし、非公開理由の中には、
- いつ
- 誰が
- どのような範囲で
- 再調査・再検証を行ったのか
という 最も基本的な事実関係 が一切示されていない。
これは、
再検証が実質的に行われていない、
あるいは「行ったと説明できるほどの行為が存在しない」
可能性を強く示唆する。
これまでに明らかになっている一貫した事実
これまでの複数の情報公開請求結果を総合すると、次の事実が浮かび上がる。
- 「県としての見解」とされた公益通報者保護法の解釈
→ 意思決定文書・協議記録は存在しない - 当該文書が「不正の目的を持つ」と立証する資料
→ 存在しない - 百条委員会・第三者委員会の違法性指摘を受けた後の再検証
→ 行われたかどうかすら、県は説明できていない
これは偶然ではない。
問題の本質 ――「検証しない行政」の構造
行政が最も行うべきなのは、
- 指摘を受けた事実を直視し
- 組織として検証し
- 必要なら判断を修正すること
である。
しかし今回の兵庫県の対応は、
- 事実認定の文書がなく
- 法解釈の決定過程もなく
- その後の再検証も確認できない
という状態で、
「適正・適切・適法だった」
という結論だけが繰り返されている
構図となっている。
県民に求められているのは「結論」ではなく「過程」
県民が求めているのは、誰かを糾弾することではない。
- なぜその判断に至ったのか
- 指摘をどう受け止めたのか
- 再検証を行ったのか、行っていないのか
という 説明可能な過程 である。
しかし現時点で、兵庫県は
その過程を示す公文書を、ほとんど何一つ提示できていない
文書が存在しない県政―兵庫県の行政運営は、どこで劣化したのか
兵庫県の文書問題をめぐって行われた一連の情報公開請求により、県政の根幹に関わる重大な事実が次々と明らかになっている。
それは、
- 「不存在」
- 「非公開」
という決定が、あまりにも広範かつ連続的に出されているという現実である。
県政を揺るがす重大事案に対し、これほどまでに意思決定過程や検証記録が示されない状況は、行政運営の観点から見て、どう考えても異常である。
「不存在」が示すもの ――県として意思決定していないという事実
情報公開請求の結果、次のような公文書がいずれも
「作成していない」「保有していない」
とされた。
- 公益通報者保護法の解釈について「県としての見解」とする意思決定文書
- 当該文書が「不正の目的」で作成されたことを立証する資料
- そのように評価した判断過程を示す内部協議文書
「不存在」とは、単に公開できないという意味ではない。
それは、
県として意思決定を行っていない
ということを、県自身が認めたに等しい。
知事の発言と、組織としての判断の乖離
一方で、斎藤知事は記者会見において、
- 「県としての見解」
- 「嘘八百」
- 「公務員失格」
- 「不正の目的」
といった、極めて強い断定的表現を用いてきた。
しかし、これらの発言を裏付ける
- 組織としての法解釈
- 客観的な事実認定
- 文書による意思決定
は、一切存在しないことが公文書で確認されている。
これは、
知事個人の認識や判断が、
行政組織の正式見解として外部に発信されていた
可能性を強く示唆する。
県職員が置かれている「板挟み」の構図
この状況が最も深刻な影響を及ぼしているのは、現場の県職員である。
- 知事の発言に従えば、法令違反のリスクを負う
- 法令や制度趣旨を優先すれば、知事発言と矛盾する
- しかし、組織としての正式な判断は存在しない
つまり、
責任は現場に押し付けられ、
判断の根拠となる組織決定は存在しない
という状態である。
本来、行政トップは職員を守る立場にあるはずだが、現在の構図はその逆である。
「再調査・再検証」を説明できないという異常性
さらに深刻なのは、百条委員会および第三者委員会において、
- 県の対応に違法性、または違法の可能性が指摘・認定された
にもかかわらず、
県が再調査・再検証・再検討を行ったかどうかすら、
明確に説明できない
という点である。
情報公開請求に対する回答は「非公開」だが、そこには、
- 行った
- 行っていない
という事実認定すら示されていない。
これは行政として、極めて異例である。
行政運営の劣化は、制度ではなく「姿勢」の問題である
重要なのは、これが制度上できなかった話ではない、という点だ。
- 文書は作成できた
- 検証は行えた
- その有無を説明することもできた
それをしなかった、あるいはできなかった。
つまり問題は、
行政運営の姿勢そのもの
にある。
検証しない。
文書を残さない。
説明しない。
この三つが重なったとき、行政は「機能していない」と評価されても仕方がない。
これは「個人批判」ではなく「統治能力」の問題である
この問題は、
- 誰かを辞めさせるべきか
- 支持か不支持か
といった政治的評価の話ではない。
問われているのは、
兵庫県という行政組織が、
自らを検証し、説明し、是正する能力を保っているのか
という、統治の基本である。
おわりに ――県政の信頼は、文書からしか生まれない
行政の信頼は、言葉ではなく、記録によって担保される。
しかし現状の兵庫県では、
- 重大判断の記録がなく
- 検証の有無も示されず
- その理由すら説明されない
状態が続いている。
これは、「たまたま起きた混乱」ではない。
行政運営が劣化している兆候
として、県民が真剣に受け止めるべき問題である。






