なぜ斎藤知事の支持者の発信は、中間層の離反を招いてしまうのか― 第三者委員会・説明責任・民主主義をめぐる誤解 ―

2026年1月3日

兵庫県をめぐる一連の問題について、SNS上では斎藤知事を支持する側・批判する側の激しい応酬が続いています。
しかし、そのやり取りを少し距離を置いて眺めてみると、ある共通した現象が見えてきます。

斎藤知事を守ろうとする投稿が、結果として中間層の離反を招いているという現象です。

本記事では、第三者委員会や説明責任、民主主義のルールをめぐる議論を整理しながら、なぜこのような逆効果が起きているのかを考えてみます。

中間層は「支持者同士の勝ち負け」を見ていない

まず大前提として、多くの県民、いわゆる「中間層」は、

  • 法律論争で勝ち負けを見たいわけでも
  • 斎藤知事を必ず辞めさせたい、あるいは守り抜きたいわけでも

ありません。

中間層が見ているのは、もっとシンプルな点です。

  • 何が問題だと指摘されているのか
  • それに対して知事はどう向き合っているのか
  • 説明は十分なのか

つまり、判断材料がきちんと提示されているかどうかです。

第三者委員会は「司法機関」ではないが「無意味」でもない

SNSでは、次のような主張が繰り返し見られます。

確かに、第三者委員会は裁判所ではありません。
法的拘束力のある最終判断を下す機関でもありません。

しかし、それと同時に次の事実もあります。

  • 第三者委員会は兵庫県が自ら設置した公式の検証機関である
  • 弁護士などの専門家が、事実認定と法的評価を行っている
  • その結果、知事側にとって不利な認定(違法性・不適切性)が示された

ここでいう「立場が悪くなる」とは、人間としての上下の話ではなく、政治・行政上の説明責任が重くなるという意味です。

「ただの業者」という表現が与える印象

一部の支持者は、

と説明します。

しかし、問題は発信者の意図ではなく、受け取る側の印象です。

第三者委員会は、

  • 中立性
  • 専門性
  • 独立性

を前提として社会から期待されている存在です。

その第三者委員会を、不利な認定が出た途端に「ただの業者」「ヘッポコ報告書」と表現すれば、中間層にはこう映ります。

結論が気に入らないと、評価する側の立場を下げるのか
説明ではなく、信用を落とす方向に行くのか

これは敬意の強要の問題ではなく、公的検証に対する姿勢(公的検証の軽視)の問題です。

民主主義は「選挙だけ」で完結しない

別の論点として、次のような主張もよく見られます。

選挙で選ばれたのだから文句を言うな
次の選挙まで待つべきだ
批判や抗議は民主主義に反する

しかし、日本の民主主義は選挙だけで成り立っているわけではありません。

  • 議会での追及
  • 記者会見での説明
  • 住民監査請求や訴訟
  • 批判やプロテスト

これらもすべて、民主主義の正当な要素です。

「選挙に勝ったのだから、その後は説明しなくていい」という考え方は、民主主義ではなく、説明責任の放棄と受け取られかねません。

支持者の発信が、知事の足を引っ張る構造

ここで重要なのは、支持者の発信が中間層にどう見えているかです。

  • 第三者委員会を貶める
  • 専門家そのものを信用できないと切り捨てる
  • 告発文書を怪文書と断定する

こうした発信が続くと、中間層はこう感じます。

この支持者がいる限り
知事は説明しなくても守ってもらえる

つまり、これからも説明は出てこないのでは?

結果として、

  • 知事の政策を評価する前に
  • 判断材料が不足していると感じ
  • 静かに距離を取る

という「離脱」が起きます。

これは怒りや対立ではなく、無言の離反です。

「政策が良ければ説明はいらない」は成り立たない

一部には、

という考え方もあります。

しかし現状では、

  • 政策の良し悪しを判断する以前に
  • 説明が足りず、評価の土俵に立てていない

という状態です。

中間層が求めているのは、支持者による擁護ではありません。

何が問題だと指摘されたのか
それをどう受け止めているのか
なぜ自分は正しいと考えるのか

これを知事自身の言葉で聞きたいだけです。

支持者と反対派は「競合」、判断するのは中間層

この構図をマーケティング的に整理すると、次のようになります。

  • 斎藤支持者と反斎藤側
    → 互いに主張し、ユーザーを奪い合う「競合」
  • 中間層
    → どちらの主張を採用するか判断する「ユーザー」

斎藤支持者が、

  • 相手を攻撃し
  • 第三者評価を否定し
  • 感情的な言葉を重ねる

その様子を見たユーザーは、斎藤知事の支持から離反します。

中間層は「どちらが正しいか」より「どちらが怖いか」を見る

中間層は、こういう行動に非常に敏感です。

  • 感情的な揶揄
  • 嘲笑やあだ名
  • 「信者」「カルト」などの人格否定
  • 相手を知的・道徳的に下に置く言い方

これが出た瞬間、中間層のスイッチは切れます。

あ、これは判断材料じゃなくて
感情のぶつけ合いだな

関わらない方が安全だな

このとき中間層は斎藤支持にも、反斎藤にも行きません

離反の原因は「説明不足」と「それを補強する発信」

斎藤知事をめぐる中間層の離反は、

  • 政策の是非以前に
  • 説明不足が続いていること

が主因です。

そして、その説明不足を補うどころか、

  • 第三者委員会を貶め
  • 専門家を否定し
  • 説明不要論を強める

支持者の発信が、結果として離反を加速させています。

有権者は、支持者ではなく知事本人の説明を求めています。
それが示されるかどうかが、次の選挙以前に、すでに評価の分かれ目になっているのではないでしょうか。