「公益通報者保護法違反」と指摘している人たちを、なぜ知事は名誉毀損で訴えないのか
目次
法治国家における説明責任の所在
反斎藤の人たちはこれまで、斎藤元彦兵庫県知事について「公益通報者保護法違反である」と繰り返し指摘してきた。
この指摘に対し、斎藤知事は一貫して「適正・適切・適法な対応だった」と主張している。
しかし、もし本当に自らの対応が適法であると確信しているのであれば、反斎藤の人たちを知事自身が名誉毀損で提訴すべきではないのか。
本稿では、この問いを感情論ではなく、法的・制度的観点から整理する。
まさに。
— Fumio Namba/難波文男 (@shibataokonomi) January 18, 2026
私はこれまでに何度も斎藤元彦を公益通報者保護法違反呼ばわりしてきた。元彦が飽くまで「適正、適切、適法」を主張するのであれば、私を名誉毀損で訴えるべき。県民の代表たる知事が名誉毀損されているのを放置することは、県民への侮辱。必ず訴えなければならない。 https://t.co/tTWW0u8KYG
名誉毀損の基本構造から見た今回の問題
刑法230条に定める名誉毀損は、一般に次の要件で判断される。
- 公然と
- 事実を摘示し
- 他人の社会的評価を低下させること
「公益通報者保護法違反の斎藤元彦」という表現は、
- 具体的な法令違反の事実を摘示しており
- デモやSNSなど公の場で繰り返し発言され
- 知事としての社会的評価を低下させ得る内容
であることは否定できない。
形式的には、名誉毀損の外形要件を満たしている。
「公益通報者保護法違反」と言う行為は、誰でも名誉毀損の“対象”になり得る
プロテストで叫んでいる人
「公益通報者保護法違反の斎藤元彦!」
- 公然性:⭕(不特定多数が認識可能)
- 事実摘示:⭕(特定の法令違反を断定)
- 社会的評価低下:⭕(違法知事という評価)
👉 外形要件は完全に満たす
WEBサイトで公開している人
- 記事として恒常的に公開
- 検索で誰でも読める
- 論理的でも「違反である」と断定している
👉 最も「法的に整った名誉毀損主張」が可能な対象
※逆に言えば、裁判になれば
真実性・真実相当性・公益性の主戦場にもなる
X(旧Twitter)で斎藤支持者と応酬している人
- 投稿は短文でも
- 断定表現・感情的表現が混じりやすい
- 文脈が切り取られやすい
👉 感情表現・挑発表現が混じりやすくリスクは最も高いが、人数は最も多い
プロテスト、WEB、SNS──法的には同じ土俵にある
法的に見れば、
- 拡声器で叫ぶ行為
- WEB記事として公開する行為
- SNSで投稿する行為
これらの違いは、媒体や表現形式の差に過ぎない。
重要なのは、
- 公然性があるか
- 特定の事実(法令違反)を摘示しているか
- 社会的評価を低下させ得るか
という点であり、その意味では、プロテスト参加者も、論考の執筆者も、SNS利用者も、同じ法的射程に入る。
名誉棄損について整理すると
| 項目 | プロテスト | WEB論考 | SNS |
|---|---|---|---|
| 表現の丁寧さ | △ | ◎ | ✕ |
| 文脈の明示 | △ | ◎ | ✕ |
| 感情混入 | △ | ◎ | ✕ |
| 名誉毀損リスク | 中 | 低〜中 | 高 |
| 発信人数 | 少 | 極少 | 多 |
にもかかわらず、なぜ誰も訴えられていないのか
もし斎藤知事が、
- 公益通報者保護法に「一切違反していない」
- 自身の対応が「完全に適法」である
と確信しているのであれば、
これほど広範に行われている「違法呼ばわり」を放置する合理的理由は見当たらない。
むしろ、
- プロテスト参加者
- WEB論考の発信者
- SNS上で繰り返し指摘する多数の個人
いずれかを名誉毀損で訴え、司法の場で自らの適法性を立証するのが、最も明確で確実な方法である。
それでも「訴えるべき」だという理由
ここが本稿の核心である。
斎藤知事が本当に「公益通報者保護法には違反していない」と考えているのであれば、違法行為をしたと公然と断定され続けている状況を放置することは、極めて不自然である。
- 自身の名誉を守らない
- 県政の正当性を曖昧にしたままにする
- 結果として「違法と言われても構わない」と受け取られかねない
これは、県民から付託された知事の態度として適切だろうか。
「訴えない」ことが意味するもの
名誉毀損で訴えれば、裁判所は避けて通れない。
- 通報者探索は適法だったのか
- 公益通報者保護法の解釈は正しいのか
- 第三者委員会の認定は妥当か
つまり、政治的説明ではなく、司法による法的確定が行われる。
訴えないという選択は、
- 自らの「適法性」を司法の場で検証されることを避けている
- 法的白黒が付くことを回避している
と受け取られても仕方がない。
知事は「県民の代表」であるという事実
知事は私人ではない。
県民の代表であり、県政の正当性を体現する存在である。
その知事が、
- 「違法だ」と公然と指摘され
- それを否定しながら
- 司法の場で争うことはしない
この状態を放置することは、知事個人の問題にとどまらず、県民の名誉と信頼を損なう行為でもある。
斎藤知事が名誉毀損で訴えて司法判断を得る必要がある、という点
これはこれまでの議論どおり、
- 「適正・適切・適法」と主張する以上
- 違法行為と公然と指摘され続けている状況を放置するのは不自然
- 司法の場で白黒を付けるのが、県民への説明責任として最も明確
という意味で、論理的に完全に筋が通っています。
これは
❌「訴えろという挑発」
ではなく
⭕「法治国家としての正規ルートを求める要求」
です。
斎藤支持者に
「なぜ名誉毀損で訴えないのか?」
と問うのは有効か?
結論:有効。ただし“踏み絵”として非常に効く質問です。
この質問は、支持者を論破するためではなく、
支持者自身の論理的一貫性を問う質問になります。
この質問が有効な理由
斎藤支持者の多くは、次の2つを同時に主張しています。
- 「斎藤知事は公益通報者保護法に違反していない」
- 「反斎藤はデマ・誹謗中傷をしている」
この2つが本当に正しいなら、当然出てくる行動は一つしかありません。
👉 名誉毀損で訴える
それをしていない理由を問うことは、極めて自然で、攻撃的でもありません。
支持者が答えに詰まる典型パターン
この質問をすると、支持者はだいたい次のどれかに逃げます。
パターン①「相手にする価値がない」
→ それは感情論であって、
「違法な中傷を放置してよい理由」にはなりません。
パターン②「政治家は訴訟なんてしない」
→ ではなぜ
「違法だ」「デマだ」と断定できるのか、
根拠が失われます。
パターン③「裁判は時間の無駄」
→ それは
真実を確定させることから逃げている
と評価されても仕方がありません。
👉 いずれも、論理的には破綻します。
この質問の本当の効果
この問いの最大の効果は、
- 支持者を説得すること
ではなく - 第三者・未決層に違和感を気づかせること
です。
未決層はこう感じます。
「違法じゃないなら、訴えればいいのに…
なんで誰も訴えないんだろう?」
この「素朴な疑問」を引き出せる時点で、議論としては勝っています。
これは誹謗中傷ではない
「私を名誉毀損で訴えるべきだ」という主張は、
- 挑発ではない
- 罵倒でもない
- 政治的パフォーマンスでもない
法治国家として当然の要求である。
司法の場で白黒を付ける。
それこそが、県民に対する最大の説明責任であり、民主主義における正規の手続きである。
説明を尽くす気があるのなら、逃げずに、訴えればよい。
それが出来ない限り、「適正・適切・適法」という言葉は、空虚なスローガンでしかない。






