第三者委員会の認定後も続くX論争は、なぜ無意味なのか―「覆したいなら裁判へ」という当たり前の話

現在、X(旧Twitter)上では、兵庫県の告発文書問題をめぐって次のような主張が繰り返されています。

  • 「警察は公益通報と認めていない」
  • 「告発文書は怪文書だ」
  • 「第三者委員会の委員長は利害関係者だ」
  • 「一般人から受け取った文書は公益通報に当たらない」

しかし、これらの議論はすでに第三者委員会による事実認定が完了した後の話です。
結論から言えば、どれだけX上で議論を重ねても、結果が覆ることはありません。

これは、試合結果が確定した後に「ミスジャッジだ」と叫び続けているのと同じ構造です。

すでに「判定」は出ている

今回の件は、単なる意見対立ではありません。

  • 弁護士のみで構成された第三者委員会が
  • 調査権限のもとで事実確認を行い
  • 公益通報者保護法違反の可能性
  • パワーハラスメント該当性

などについて、正式な認定を行っています。

これはSNS上の主張や個人の感想とは異なり、公的手続きに基づく判断結果です。

X上の議論は「試合後のヤジ」に過ぎない

第三者委員会の認定後も、

  • 「警察が認めていない」
  • 「怪文書だ」
  • 「委員会は信用できない」

といった主張が続いていますが、これらはすべて調査過程で検討された上で結論が出た論点です。

それにもかかわらず同じ話を繰り返すのは、

試合終了後、スコアが確定しているのに
観客席から審判に文句を言い続けている

状態と変わりません。

結果は1ミリも動きません。

覆す方法は「例外ルート」しかない

スポーツの世界では、

  • 不正
  • 悪意
  • 著しい偏見

があった場合に限り、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴できます。

今回も同じです。

第三者委員会の認定を覆したいのであれば、

  • 調査に重大な瑕疵があった
  • 委員が違法な利害関係者だった
  • 認定に不正があった

といった点を司法の場で争うしかありません。

SNSは、そのための手続きではありません。

裁判を起こせる当事者は誰か

ここで重要なのは、誰が当事者なのかです。

第三者委員会の認定によって、名誉を侵害されたと主張できるのは斎藤知事本人しかいません。

もし本当に、

  • 「濡れ衣を着せられた」
  • 「不当な認定だ」

と考えるのであれば、斎藤知事が裁判を起こすことが唯一の正攻法です。

支持者がやるべきことはX論争ではない

斎藤知事を支持する人たちが、本気でこの認定を不当だと思うなら、

❌ 一般人相手にXで延々と論争する
斎藤知事に「裁判で争ってほしい」と求める

これ以外に筋の通った行動はありません。

それをせずに、

  • 認定そのものを否定する
  • 第三者委員会を攻撃する
  • ルール外で騒ぎ続ける

方が、よほど不自然です。

「政府の解釈には縛られない」「司法判断が出ていない」は、事実を確定したくないだけの言い訳である

兵庫県の告発文書問題をめぐり、第三者委員会が公益通報者保護法違反の可能性やパワーハラスメント該当性を認定した後も、X上では次のような主張が繰り返されています。

  • 「兵庫県は政府の下部機関ではないので、政府の解釈には縛られない」
  • 「司法の判断が出ていない以上、公益通報者保護法違反とは言えない」

一見すると、法制度を踏まえた冷静な議論のようにも見えます。
しかし実際には、これらは事実認定を確定させたくないための“言い訳”に過ぎません。

「政府の解釈に縛られない」は事実のすり替え

確かに、地方自治体は政府の下部機関ではありません。
そのため、国の行政解釈に形式的に従属する義務はありません。

しかし、ここで問題になっているのは「誰の解釈に従うか」ではなく、法の趣旨に照らして、県の対応が適法だったかどうかです。

第三者委員会は、

  • 公益通報者保護法の趣旨
  • これまでの行政実務
  • 判例や学説の整理

を踏まえた上で、県の一連の対応を検証しています。

それに対して「政府の解釈には縛られない」と言うのは、

法の趣旨そのものから目を逸らし、
都合の良い独自解釈に逃げ込んでいる

だけに見えます。

「司法判断が出ていない」は免罪符ではない

次によく使われるのが、「司法の判断が出ていない以上、公益通報者保護法違反ではない」という主張です。

しかし、これは法治主義の理解を意図的に歪めた言い回しです。

行政・第三者委員会と司法の役割は違う

司法判断が出るのは、

  • 誰かが訴訟を起こし
  • 裁判所が審理した場合

に限られます。

一方で、行政や第三者委員会は、

  • 事実を調査し
  • 法令に照らして
  • 行為の適否を評価・認定する

役割を持っています。

つまり、

「司法判断が出ていない」=「違法性が否定された」
ではありません。

裁判が起きていない理由は一つしかない

今回、司法判断が出ていない理由は極めて単純です。

👉 斎藤知事が裁判を起こしていないから

です。

第三者委員会の認定により、名誉を侵害された、濡れ衣を着せられたと主張できる当事者は斎藤知事本人しかいません。

にもかかわらず、裁判を起こさない。

その状態で「司法判断が出ていないから違法ではない」と言うのは、

自分で裁判を起こさずに
「裁判結果が出ていない」と言い続けている

という、極めて不誠実な態度です。

事実を確定させたくない人たちの論法

これらの主張に共通しているのは、

  • 第三者委員会の認定は認めたくない
  • しかし裁判で争う覚悟もない
  • だから「決着がつかない状態

「裁判を起こさない」という選択の意味

厳しい言い方をすれば、

裁判を起こさないという選択自体が、
第三者委員会の認定を事実上受け入れていることを意味します。

民主主義や法治主義は、「気に入らない結果をSNSで否定し続ける」ことで守られるものではありません。

おわりに

  • 認定はすでに出ている
  • X上の議論で結果は覆らない
  • 覆したいなら司法へ行くしかない
  • 行くべき当事者は斎藤知事本人

これは、斎藤支持・反斎藤という立場の問題ではなく、ルールの話です。

この当たり前の整理が共有されない限り、不毛な論争だけが続き、県民にとって何のプラスにもなりません。